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学長メッセージ

Message from the President

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宮城教育大学 平成23年度新入学生へ

 宮城教育大学教育学部初等教育教員養成課程201名、中等教育教員養成課程120名、特別支援教育教員養成課程53名、大学院教育学研究科修士課程26名、専門職学位課程30名の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 本来ならば、宮城教育大学は、4月6日に、全学をあげて熱烈歓迎の意を込めた入学式で皆さんをお迎えするのですが、3月11日午後に発生した未曾有の震災(東北地方太平洋沖地震)のため、多くの方が犠牲となり、今なお数十万人の人々が癒されることのない日々を送っておられることを考慮に入れ、中止することに致しました。宮城教育大学は、併せて被災者の皆さんに心からお見舞い申し上げ、犠牲者の皆さんのご冥福をお祈りするものであります。入学式で申し上げる学長式辞は、このようにホームページの形でお届けすることになりましたが、以上の事情をお考えいただきご了承願いたいとおもいます。
 さて、まず、皆さんに申し上げねばならないことは次のことです。ここ数年は、連日のようにメディア等々を通じて、教員の資質能力(教育力)の低下に関するもの、教育現場で教員を困らせる児童生徒のさまざまな行動、教員自身の学校内外のあるまじき言動、教員の質に関する批判、いわゆる「モンスターペアレント」に代表される保護者に関するもの、さらには教員養成教育に関するもの、等々、「事実」や論理も異にするさまざまな議論、教員に対する「マイナスイメージ」が横行している厳しい現実があります。これらは、理想に燃えて教員・教職に生涯をかけようとする若者にとっては、意欲をそぐような「現実」ではあります。わたしたちは、これら世評や評論等のすべてが、正鵠を得ているとは考えていません。皆さんが、こうした「現実」にもかかわらず、教員養成の単科大学である本学を志望された決断にたいし、心から敬意を表明します。このことを真っ先に申し上げて、皆さんの入学を心から歓迎するものであります。
 第一に申し上げることは次のことであります。教員(教師)は、近世(江戸時代)の寺子屋の担い手から始まり、明治の近代になってからはその初期から各種の師範学校で養成され、人格形成における最も初期の児童生徒の教育に当たる初等教育を担ってきたのです。教員の献身的な実践はしばしば「美談」や「物語」となって伝えられていますから、皆さんも聴いたことがあるかも知れませんし、また優れた教師が大勢おられることについても、伝え聞いたことがあるかも知れませんし、皆さんの先生方もそうであることでしょう。それほど教員は、人の生い立ちに影響力を及ぼすのです。それゆえに反面においては戦時中、多くの教え子たちが戦場に散っていったという事実もありました。こうした強く反省しなければならない歴史をもちながらも、これらの中には、教員は若者が理想に燃えて就こうとする仕事の一つであることがはっきりと見えています。人の一生に最も早い時期から長時間・長期にわたってかかわる仕事、人の成長を正しく導く仕事、これこそが教員の仕事なのです。こういう仕事は外にはありません。戦後は、大学教育で養成されることになり、今日にいたっています。宮城教育大学に入学したからには、こうした「教員になる」道を選択したことを意味しています。改めてこのことの意味をかみしめてほしいとおもいます。
 とはいえ、教員という仕事がやり甲斐のある仕事であり、大事であればあるほど、実際に仕事に就くには幾つものハードルがあります。座学としての学習も必要だし、教育現場での経験も、さらには人の心の動き、喜びや悲しみを理解すること、幼児・児童・生徒と豊かな温かみのある交流ができるコミュニケーション力も不可欠です。教える者として、ことがあれば責任をとることができるという強い信念も必要です。これらは、大学での授業やゼミ等で学ぶものです。これをごまかしたり、逃げたりしてはいけない。大学での学びは学問、思索の深さや重要性を知ることです。そしてこれこそが人の一生の出発点にかかわる教員のベースとなるものです、大学ではこれを学ぶのです。これらをしっかりクリアしなけれぱ、薄っぺらな人間になる、そんな者は教員にはなって欲しくないし、どんな職業でも通用しません。
 大学にはさまざまな若者が行き交います。自分自身を高めるためには、「己に如かざる者を友とする勿れ」、お互いに交流をして高めあう友を得て欲しい、そうする中で、皆が幸せになる未来が開けてきます。
 以上、この青葉山キャンパスに新しい仲間を迎えるに当たって、学長からの歓迎の挨拶とします。

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