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大学概要

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学長メッセージ

Message from the President

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学位記授与式

令和3年度 学位記授与式 餞の言葉

 本日お元気に学位記授与式を迎えられましたことに、心から祝意を表します。
 在学の後半は、新型ウイルスの影響により本来の修学環境とは異なり、またサークル活動の制限や留学の断念など様々な支障を生じたことは誠に残念なことでありました。
 京都大学前総長で日本学術会議前会長の山極 壽一(やまぎわ じゅいち)先生によれば、「地球は細菌の惑星、ウイルスの惑星であり、人間が主人公ではない。人類誕生よりずっと以前から何十万種というウイルスが存在した」とのことです。また氷に閉じ込められていたある種のウイルスは、温暖化で外に出てきたとも言われております。11年前の東日本大震災により私たちは自然の大きさを身にしみて思い知ることとなりましたが、近年のこの2つの厳粛なる事実は、人智を超えるものの確かな存在を我々に強く意識させることとなりました。

 さて、本学で正式には卒業式と言わず学位記授与式とするのは、本学第4代学長・林竹二先生のご教示によるものです。先生は「本学では卒業という語は使わない。教師は生涯学び続けなければならない」「新しく大学を出たばかりの教師が、自分は教師だから教える資格があるのだというような、思い上がった気持ちを持たないようにだけはしておかなければならない」とおっしゃいました。常に研鑽を積み、より深い自己省察を重ね、生涯努力を重ね、学び続けることを忘れてはならないという意味で、卒業ではないということであります。また、「多くの教師が、子どもたちひとりひとりに目を向けること無しに、自分の授業の腕前だけを上げようとしている。授業の技術を問題にするよりも前に、教師は『子どもたちの魂の世話』に取り組むべきだ。」ともおっしゃっています。厳しい示唆ではありますが、教育の奥深さと限りない重みに思いをいたすとき納得できるものであり、またそれゆえ高みに向かって歩み続ける、とてもやりがいのある仕事と言えるのではないでしょうか。

 これからは1日1日が実践です。実践を重ねることにより、実力が確実に備わって行きます。「事上の禅(じじょうのぜん)」という自己修養に関する教えがあります。これは、日常から離れて特別なことをするのではなく、あくまでも実際における日常の実践の積み重ねにより自己修養が高められるという在り方を示します。その昔、北条時宗が禅を指導されたとき、時宗が「自分は政務が忙しくて座禅が思うようにできないが、どうすればよいか」と問うたときに禅師が「『事上の禅』といって、禅は実際でなくてはいけない。実際の営みから離れてはいけない。実際の中に修養がある。いたずらに座禅のための座禅ではいけない」と答えたということに由来します。
 仕事は人を作り、時に本人さえ気づかない可能性を引き出すこともあります。誠実に取り組み、もし困ったことがあったらたくさんの同窓生が周りにいますから頼りにしてください。教育はただ単に勉強を教えるのではなく、人を育てる仕事です。また困難なことがあっても、子どもによって救われることが多々あります。コロナ禍で地域における学校の役割の重要性は一段とクローズアップされました。自信をもって進んでください。皆さんがそれぞれの道において「自分」を生き、自らが主人公たる人生を笑顔で送ることができるよう、心より祈っています。


                               令和4年3月25日

国立大学法人 宮城教育大学長 村松 隆

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