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大学概要

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学長メッセージ

Message from the President

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入学式

平成31年度 入学式 告辞

 本日入学された学部の皆さん、大学院修士課程の皆さん、そして専門職学位課程の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 今年の冬は雪が少なかったですが、青葉山の四季は実に見事です。春の山桜、萌える若葉、カタクリの群生、夏の夕暮れに響き渡るひぐらしの声、そして色づくもみじが散るころ、冬到来を告げる氷雨(ひさめ)が降ります。情感あふれる豊かな日々を過ごされ、感性を磨かれることを期待します。

 本学は半世紀を超えて、教員養成の道を誠実に歩んでまいりました。創立間もない頃、皆さんはご存知ないかと思いますが、全国で学生紛争の嵐が吹き荒れました。これは大学の過度の管理に学生が反発し、東大を頂点とし燎原の火のごとく全国に広がり、大きな紛争となったもので、学生が講義棟を封鎖し、バリケードを築くなど大変な状態でした。学生は、今こそ社会を変えるのだという強い信念を持ち、大学と、ひいては国と闘いました。本学も例外ではありません。その鎮圧のため、各大学は警察の機動隊を導入しました。
 この時の学長が林竹二先生という方で、本学史上重要な方であり、哲学者です。林学長は「機動隊をキャンパスに入れるのは教育の破壊である」と言って警察に断り、自らバリケードの中に入り、夜を徹してひざ詰めで学生と議論しました。多くの教員が心配する中、夜明け頃にやっと戻られ「駄目でした。折り合いませんでした。また明日話しに行きます」とおっしゃいました。このように真摯に学生と向き合ったので、他大学では学生が教員に「お前らはそう言うが」と言うのに対し、本学では「先生方はそうおっしゃいますけれども」と言ったという逸話が残っています。「誠実に向き合い、相手を尊重し真摯に議論を重ねる」、学生紛争という厳しい環境下で貫いた在り方こそが、宮教大の原点であります。その精神は現在も変わりません。
 紛争後、林学長は、教員と学生の日常的な議論の必要性を認識し、全国初の合同研究室を設置し、次々と入試改革、教育実習改革、附属学校改革などを断行し、併せて表現力の重視などを打ち出しました。この時期に宮教大独自の強固な基礎が築かれます。半世紀が過ぎ、多くの卒業生が教師として活躍し、その子息子女もまた教師を目指し本学に入学するという二世代の歴史です。このことは教師という仕事がいかに魅力的であるかを示しています。子どもの成長著しい大事な時期に直に接し、教え、育てること、教師自身もまた児童・生徒の問いかけにより深化する、その行き来は他の職業には無い素晴らしいものです。教師の一言が子どもの人生を大きく決定づける一言にもなりうる、そのような場面は珍しいことではなく、皆さんの中にもそういう経験を持つ人がおられることと思います。

 さて、優れた教師になるためには広範で深い知識を土台とした教科専門力はもちろんですが、それだけでなく、児童・生徒理解力、学級経営力、多様さを認める姿勢、しょうがいを抱える子どもへの配慮など様々な資質が要求されます。それは全人格的教育と言えるものであり、多角的な視点と共に一つの事象に対し能動的に考えを進め、継続して考えを深める姿勢が求められます。最近ネット情報だけに頼る学生が散見されるようになりましたが、情報と知識は異なりますので、ネット専一ではなく、文献をそばに置き探求してください。そして懐疑的な姿勢を忘れず、思索を深めることを自分に課してください。
 本学には多岐にわたる専門分野の教員がおり、面倒見がよく、教員と学生の距離が近いですから、時には他分野の教員と、また他専攻・コースの学生と議論することを勧めます。これは本学の魅力の一つで、理科専攻の学生が日本文学のゼミに参加したり、社会専攻の学生が特別支援の教員、学生と発達障害について論じあったり、オールラウンドなアプローチが得られ、全人格的教育の一翼を担っています。
 平成の時代が幕を閉じようとしています。近現代の日本で初めて戦争の無い時代であったことは特筆すべきことであります。国外に目を転じれば、今この一瞬も世界のどこかで争いがあり、平和の実現がいかに困難であるかがわかります。そして、すべてのことは平和であることが絶対的前提条件であり、教育も然りです。

 日本女性として初めて理学博士となられた、元お茶の水女子大学教授の保井(やすい)コノ先生という方がおられます。女性が不当に低く扱われ、学位を与えることなど問題外だった時代に世界トップレベルの研究成果を挙げ、1927年、48歳で博士号を取得されました。保井先生は戦時中「いつ死ぬかわからないから、生きてる間に勉強するのだよ」と学生を励まし、困難を押して講義を続けられたと言われています。みなさんがこれから大学で当然として臨む講義のすべては、戦時中であれば開講が極めて困難でありましょう。また先生はこうも言われました。「自分の好きな道をコツコツ歩いて、名も求めず、地位も願わず、ただ自分の仕事が残ってゆけば、それだけで満足できると信じております」 これは研究者としてのあるべき姿を明確に表しています。  さて、東日本大震災から8年が過ぎました。8年前のあの日、皆さんはどこにいて何をしていましたか。被災されましたか。周りの方はどうでしたか。そして今日までどのように過ごしてきましたか。
 宮城県には甚大な被害に遭った学校があります。多くの子どもたちの未来が一瞬にして奪われたことは悲しみに耐えません。教師の最も重要な使命は子どもたちの命を守ることであります。かけがえのない命を確実に守ることのできる教師にならなければなりません。本学では防災教育の重要性を強く認識し、新しい防災教育研修機構を今年度発足させました。これから強力に推進し、「防災を学ぶなら宮教大」と言われる大学に高めてまいります。 戦争の無い平成は自然災害の多い時代でした。自然の力は実に大きく、人智を超えるものであり、制御できませんので、備えとしての防災教育は必須であり、教師一人一人に高い防災能力が求められることとなります。

 みなさん、宮教大は、様々なことを学生に一方的に伝える大学ではありません。教職員と学生が共に考え、共に学び、共に悩み、共に進み、共に創造する大学です。先ほど申し上げた学生紛争の時、林学長は学長声明の中でこう言われました。「すべての学生諸君、この出発したばかりの大学を真に創造的に発展させる道を、今というこの時点で探求してほしい。教育の場にふさわしい解決をしよう。それが本学の真に生きる道ではないだろうか」私は同じ言葉を皆さんにお贈りしたいと思います。

   平成31年4月3日


国立大学法人 宮城教育大学長 村松 隆



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